B2受験とドイツへの旅立ち

ドイツ音大受験対策コース
ドイツ語A1~B2対策コース
ドイツ音大 ソルフェ対策コース

B1に合格して晴れてドイツ音大の入学条件をクリアした私。(多くの大学がB2を入学の条件にしているが、実際は入試の時点ではB1で通過、B2合格は入学後でよい場合もある。)

私の行きたかった大学は入試の時点でB1が必須、入学してから半年以内にB2に合格しなければ入学を取り消す、という決まりがあった。

それなら入学する時点でB2合格かそれに近い語学力がついていれば安心して留学生活をスタートできる、と考えて入試の後、さっそくB2の問題集を購入した。(ここまできて、語学のせいで半年後に退学になったらショックすぎる) 

 

買った練習問題集をパラパラとめくってみて思ったのは、 

B1も十分に難しかったけど、B2はそのもっとってこと。 

求められる語彙力はとても高く、なおかつある程度以上のドイツについての知識や自分の国についての意見持っていないと「話す」の試験には受からない。 

それに「読む」の試験では、短時間に必要最低限の情報だけを抜き取って問題を解くスピードも求められる。 

大量のテキストを読むことにも慣れていかなければいけないし、記事読んで目っているようでは受からない。実際私はこれをクリアすることが出来なくて、入学までに「読む」の試験には合格できなかった 

限られた時間のなかで全部をまんべんな勉強するのは難しく、4つのモジュールの中ではこの「読む」の勉強一番多くの時間を割いた 

 

その次、これまた難しい「聞く」の課題。 

最初の課題では、たったの1回きりしか話してくれない会話の内容を穴埋めしていかなければならない。これが本当に緊張する。 

聞き取る内容は、電話番号や何かの催し物の開催される場所、それを斡旋する団体の名前だったり人だったり、集合時間だったりと様々で、人の名前などの固有名詞が1課題につき2つくらいあるのも痛かった。 

例えばドイツ人にしてみればポピュラーかもしれない名前でも、日本人の私にしてみれば全然聞きなれない&未知の名前だったりする。これは聞き取れなくても仕方ないよね、と思う。 

だけど、たとえこの課題①の試験でうまく穴埋めができなくてもあきらめずにさっさと次の問題の準備に取り掛かる、というのがB2の「聞く」の試験に受かるコツかもしれない。  

ああなんで聞き取れなかたんだろう・・など一瞬でも考えていたらどんどん時間が過ぎて次の課題に移ってしまうので、そうなるくらいだったら課題①は放っておいてそこそこに点数の比率の高い課題かける時間を増やたほうがいい 

 

「書く」については、自分ではあまり対策をしなかった。B1とさほど変わらない気がしたし、何より自分には他に時間を割くべきもの(「聞く」と「読む」)があったから。  

このB2試験、もちろんB2レベルの語学力や知識が問われる試験ではあるけど、それと同じくらいにいかに「試験を要領よく解いていけるか」というのも非常に重要だと思った。  

結局のところ、ドイツへ渡航する前の段階では「話す」と「書く」の試験にしか合格できなかったのだけど、勉強して試験を受けておいた意義は十分にあったと思う。  

B1の時よりももっともっとドイツ語を勉強するようになったし、勉強の方法も自分なりに編み出せた気がするから。 

 

 

ところでB対策として週に1度カフェトークでドイツ人の先生と一緒に準備をしていったのだけど、これが「ドイツ語を話す」よい訓練になったと思う。  

先生はほかにも毎週プリントを3枚くらい宿題にして出してくださって、それらを解いていって文法をさらに詳しく学んだりした。「書く」の作文問題も添削していただいたりした。 

先生のレッスンはいつもすごーく楽しかった。とても優しくてお綺麗で、きちんとした真面目なお人柄で、だから画面越しだったけど毎週先生にお会いするのがとても楽しみだったB2の受験にあたって、この先生が私のドイツ語勉強のモチベーションを大いに上げてくださったのは言うまでもない。 

ドイツに渡ってからはレッスンを入れられずにいるけど、その節は本当にありがとうございました。 

 

 

ところでB2の試験対策に追われていたころ、私はにもいくつかこなさなければいけないものを抱えていた。   

高校の卒業試験と、ドイツへの渡航準備。自分たちのコンサートの開催、ピアノのコンクールへの参加。学校行事では卒業式があり、ついでに18歳になる自分の誕生日もその時期だった。   

ヴァイオリンに関しては、実を言うとこの頃は日によっては練習よりもドイツ語を勉強している時間の方が多いこともあったりして、多分自分としてはヴァイオリンよりもドイツ語の方が切羽詰まっている気持ちだったんだと思う。(勉強したいというよりも「絶対にやらねば!」という感じだった。) 

そうはいっても目前に迫る卒業試験、1番くじを弾いてしまった自分は一般公開で行われる卒業試験のトップバッターにふさわしい(?)演奏をしなければいけない。  

当時私が通っていた日本でもトップレベルの音高において実技のレベルが高いのは当たり前で、本当に飛びぬけて上手い人もぞろぞろいたその中でやっていだけ精神力を保つには実技のレベルを上げていくことしかなく、それとドイツ留学の準備(ドイツ語試験も含め)を両立させるのは簡単ではなかった。   

それと、渡航するにたって必要な書類の準備。 

各種証明書など大学に提出するものや、入国審査で必要なものなど必要な書類をリストアップして漏れがないかチェックして・・ 

受験の書類に何か漏れがあったら日本へ帰国しなければなくなるから、ピリピリした気持ちで準備をしていた。  

 

それと渡航の直前に自分たち(姉と私)コンサートも入っていて、その準備しなければならず、これも精神的に自分を焦らせていたものの一つだった。 

コンサートでは母や叔母、その他多くの方が受付や会場の準備、お客様の誘導などのコンサート開催に必要な作業すべて引き受けてくれていた。その手厚いサポートに感謝しつつも心の中では本番に向けて不安や焦りがあって。  

コンサートで弾く曲はもちろん完璧に弾き込み、曲と曲との間のトークもお客様にとって楽しく、かつ分かりやすいものを提供したいと思っていた。 

始まりのご挨拶や終わりの感謝のことば聞き取りやすい話し方や表情など、「コンサートに来て良かった」と思って頂けるように、今から考えておかなければならないことはたくさんあった。  

舞台に立つので、軽くダイエットもした。(私は食べることが大好きだから、こういう本番でもないとつい食べ物に手が伸びてしまう。ちなみに食べ物の中では、フルーツがとっても好き!)  

 

ドイツ渡航の1か月前に抱えていた本番としては、その他にもピアノコンクールへの出場があった  

当時音高で副科ピアノのレッスンをしてくださっていた先生から有難くも「一度ピアノのコンクールに出てみないか」というお誘いがあって受けることになったこのコンクール、出るからには良い結果を残したいという思いが強くあった   

副科の生徒である私に学校外での演奏機会を用意してくださった先生の期待にも応えたかったし、そういうわけでピアノの練習もやることリストに加えられた。 

このころ、高校生活の中で一番長くピアノを練習たと思う。自分はピアノも好きだなあと実感させてくれたコンクールだった。 

ピアノのコンクール

 

 そんなこんなで高校3年の2月3月のこの時期は、飛行機でドイツへ飛ぶまであと1か月というのに、真剣に打ち込まなければならない事を山ほど抱えており、だからこそ全てが終わった時には「やりきった」という充実感でいっぱいだった。 

ピアノのコンクールでは良い結果を残せたし、卒業試験でのトップバッターも乗り越え、ドイツ語のB2試験にも2つのモジュールに合格し、コンサートには思いがけなくとても多くのお客様が聴きに来てくださった。(本当に本当に嬉しかった。 

  

3月半ばには音高も卒業し、3年間通った往復5時間の旅とも別れを告げた。 

 

楽器を抱えながら乗り込むギュウギュウの車内、密着状態の人々の波に飲まれて満足に息もできずにじっと降りる駅が近づくのを待つしかないあの苦痛な満員電車さようなら。それに気づいた瞬間、心がふわーっと軽くなった気がした。 

 

次々に行事が終わり、去っていくのを実感しながらあとはいよいよドイツへ飛ぶだけとなった 

最初は何でも詰め込んでいたスーツケース。ドイツに持っていくにはすぎて手放さざるをえなかったものたち(冬服とか)と泣く泣くお別れしてちょっと痩せたスーツケースをゴロゴロ転がしながら、まだ明け方の人の少ない時間に空港へ向かった。 

 

そうし、私の新しい生活が始まった。 

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