大学で初めてKlausur(試験)を受けた時のこと

入学した年の10月。季節もいよいよ秋になり2ゼメスター目(2学期目)に入った私が取らなければいけなくなった授業の中には「(音楽)教育学」「(音楽)心理学」という2つの授業があった。 

 

姉から「おじいちゃん先生だから話がちょっと聞き取りにくいよ」というのは聞いていたけど、実際に受けてみると全くその通りだった。しかも、いまいち何を言っているのか分からないモゴモゴ具合なのに加えて話すスピードもとても速い。 

 

ひたすら先生が90分間講義をするのだけど、うっかりしていると追いつけなさ過ぎて頭がぐらぐらしてくる。例えば、ちょっと「今の単語何だったんだろう」とか思ってスマホで調べているうちに、あっという間にビューっと授業が進んでいってしまう。 

 

初めのうちは分からない単語が続出で、授業が終わると毎回その日持ち合わせていた頭の中の糖分をすべて持っていかれたような状態になっていた。そのうち毎回出てくる常連の単語というのが自分でも分かってくると、少しは内容を理解できるようになったけれど、それでも多分7.8割も理解できていたかは自信がない。 

 

取っていた2つの授業のうちの1つが、ドイツ人の割合が圧倒的に多かったのも授業の難易度を圧倒的に上げていた原因だったかもしれない。 

 

ドイツ人の学生たちによる超・本気モードのディスカッションが私を挟んで両隣で繰り広げられていたときなど、はたして自分がどうしていいのか分からない場面に遭遇することも多かった。 

  

もしくは今先生と目が合ったな、と思った瞬間に 

「Frau ○○(○○(私の名前)さん)、これについてのあなたの意見はどうですか?」 

と急に質問を投げかけられる時など。 

「え、私ですか?」「はい、どうぞ」 

 

それまで何やらざわざわしていた教室内が一瞬で静まって、みんなの視線がすーっとこちらに向けられた時のあの恐怖感。 

そういう時に便利な言葉として「それについては色々な意見があると思いますが、どれも的を得ていると思います」とか「個人的に私は○○さんの意見に賛成です」とかなんとか言えたらいいものの、急に先生に当てられるとびっくりしてしまって言葉が全く出てこなくなる。 

そういう時になんて言って切り抜けていたのかはもう忘れてしまったけれど、とにかく血の気が引く瞬間だったことは確か。 

 

それにしてもドイツの学生たちは誰かと意見交換をすることに対して全く緊張感を持っていないみたいだった。意見交換の相手が先生であれ、臆することなく自分の意見を堂々と述べる。 

 

先生も生徒の意見に真摯に向き合うし、そこに「先生だから偉いんだ」「学生は先生の意見に従わなければいけない」とかいう堅苦しいものはない 

それが、生徒たちが自分の意見を述べやすい雰囲気を作り出しているんだろうなーと思った。 

 

あと周りの人も誰かが何かに対しての意見を言ったことに対して「えー、あの人意見なんて言っちゃってるよ、真面目だわ~」(ネガティブな意味で皮肉っぽく褒める)みたいなことを言わないし、そういう空気も出さない。 ポンポンと意見交換が進んでいく。(それもちゃんと、その授業に合った真面目な内容の会話が。) 

 

この雰囲気は私が日本で過ごしていた小中学生時代には、体験することのないものだった。 

私が通っていた学校では授業に真面目に取り組む人は何やら煙たがれる対象のような扱いで、だから生徒は「いつも先生と交流を深くもって、非常に発言を多くする人」か、「授業には特に興味がないので進んで参加しようとも思わない人」の2パターンに別れていた気がする。 

 

専門的な知識を持つことに対して貪欲で、それをさらに伸ばすことを良しとしていた音高ではその限りではなかったけれど、(中学校のときよりは発言に対する壁が低くなってたと思う。)それでも例えばこんな雰囲気はあった 

普段発言しない人がいて、そのような人が珍しく何かを発言したとき。

 周りの反応は、

「あれ、ほーう、ふーん、○○さんそんなこと言うんだ 

そういう何か含んだ感じの、ちょっとだけ冷たい何かがあるような感じだった。 

こういう雰囲気は一体どこから来るのだろう。何年も前からあるもので、これからも変わることのないであろう、染みついてしまったものなのかと思う 

先生側と生徒側そして生徒側の中でも個人個人がお互い意識して歩み寄ろうとしない限り無くなることのない壁根深く存在しているのを感じる。 

 

 

そしてここドイツでは 

 

2ゼメスター目で私が取った授業中の先生は、確かに学生たちに何かを教える立場ではあるものの、個人としての立場は学生たちと変わらず、ただ学生が自分たちの考えをうまく引き出せるようなサポートに回っている感じだった。 

先生が主体ではなくて、学生たちが主体というか。それが私が通っていた学校との違いなのかな。 

まあ授業に参加できるかどうかは、授業内容を完全に把握できるだけの語学力を持っているかよるのだど。 

私の方はというと、ドイツ人学生たちの発言やプチ講義みたいなのに支えられて授業がスイスイ進んでいくのに胡坐をかいて、いまいち授業内容が完全に理解できないまま時間だけが過ぎていった。 

そしてとうとう年が明けてしまった。 

 

1月頭、最初の授業で先生から試験についてのお話がった。 

1月の終わりに試験がある試験は今までの授業で出てきたことから出るから、これまでの授業内容をよく復習しておくように、とのこと。 

えー、まいったまいった。どうしよう、落ちたら次のゼメスターでもまたこのおじいちゃん先生の講義をとらないといけなくなる。そしたら、今までに受けた授業分の時間がパーだ。 

 

私が講じた授業に対する置いてけぼりにされないための対策としては、とりあえず授業中に出てきた分からない単語たちを書き出して、それらの単語の意味を調べる。 

あとは、先生が授業中に話していた重要そうなことを忘れないように紙に書く、くらいのことだった。 

 

先生の講義は、一回の授業につき多いと5枚くらいのびっちりと難しい心理学用語なんかが詰まったドイツ語で書かれたプリントを渡されるところからスタートする。 

それ10-15分くらいでざーっと読んで要点をかいつまんだところで自分なりの意見を他の人との意見交換を交えながら見つけていく。 

 

たいてい4人ずつくらいのグループになって(この講義には25人くらい参加者がいた。)それぞれのグループから出た意見を一人の人がまとめて発表するのだけど、油断していると先生から発表した人以外にも質問が飛んできたりするから要注意。  

そんなこんなでその日のテーマについて十分な意見交換がされた上で、そのトピックスにまつわる動画を見たりして、先生からそれについての説明などが加えられていく。 

それでまた学生側がそれについて意見を述べたり。。の繰り返し。 

意見交換の場が多いのはいいと思うけど、正直ドイツ語が外国語である外国人にとってはかなり苦痛授業スタイル。 

何しろ内容が理解できていないと手も足も出ないから。 

かといって授業中ずーっと無言で透明人間のようにして座っているのも「授業に対する参加意欲がない」と思われてしまうからよろしくない。 

だから、1月末に行われる試験は外国人である私たちが唯一「普段先生のお話をよおく聞いておりまする」ということをアピールできる機会でもあった。 

  

逆に言うと、この試験で点数が取れないと本当にお手上げ。 

授業の単位は試験の点数と、(6割取れていたら合格)任意でみんなの前で何かしらのテーマについて発表する発表課題によって取れるのだけど、みんなの前で発表するのはドイツ語を母国語に持たない私たちにとってはハードルが高すぎるので、試験を頑張るしかなかった。 

ちなみにドイツ人の学生たちは全員この発表課題をこなしていた。これに取り組めばテストの点数が自動的に30点追加される仕組みだったから、もし私がドイツ人だったら多分自分も取り組んでいたと思う。試験の点数30点アップは大きいもの。 

まあ、結局発表はやめたのだけど。。 

 

そういうわけで試験の日程も決まり、困った時の強力な助っ人の姉から試験の過去問を貰い、あとは勉強するのみとなった。 

 

ところがどっこい試験日がだんだんと迫ってきているのにいつまで経っても試験勉強のやる気が全然でない。。 

 

理由は多分、今までの授業内容を6割程度しか理解できていなかった自分の語学力に絶望していたのと、そんな自分が試験を受けても合格なんてできるだろうかという気持ちが消えなかったからだと思う。 

 

それに今までの授業で配られたプリントの束(多分全部で200枚以上あった。)を前に、姉からの過去問があるとはいってもどうしていいのか分からなかったから。 

正直すごく試験を受けることに対してストレスを抱えていた。 

 

私は取り組まなければいけない現実から全力で逃げる傾向にあるのだけど、この時も例に漏れず、常に頭の中は試験のことでいっぱいなものの、試験勉強を始められないでいた。 

 

そうこうしているうちに、気が付いたら試験までなんと日間しかない。しかも3日前と言ってもこの日はもう太陽が沈みかけていたから、試験まで実質2.5日間しかなかった。 

 

これはさすがにマズイと思った。ものすごく気分が乗らないけど、試験勉強を始めることにした。 

まずは、先生の作っているホームページ上に載っている、授業内では配られなかった、でも授業に関する重要なことが沢山載っている資料をプリンターで印刷するところから。 

それらの資料が印刷されている間に、試験まで自分がどのくらいのペースで勉強していけば間に合うのかを考えた。  

目を通さなければいけないプリント数は全部で200ページ以上。残された試験勉強に使える時間は約2.5日間。 

寝る時間や食事にかかる時間以外をすべて試験勉強に費やすことにして、1時間につき何ページ進めていけばいいのかを計算した。 

 

さらに、1ページごとに使える勉強時間を計算してそれをスマホのタイマーで設定して、常にそのタイマーが鳴るまでにページを進めていくことにした。 

 

手元にはスマホのタイマーと、重要そうなことに印をつけるためのラインマーカー、リラックスして勉強に取り組むためのハーブティー。 

 

勉強にかかる時間を計算していったら、試験を受けたくないと嘆いている時間は1秒もなさそうだったので、ひたすらページを進めることだけを考えた。 

 

教会の鐘がゴーンゴーンと鳴って、時間がどんどん過ぎていく。だんだんと空が暗くなってくる。 

どうして自分はいつもスタートを切るのがこんなに遅いんだろうと思ったけど、そんなことを悠長に考えている暇なかった。 

 

ところで、目を通さなければいけないプリント数が200ページにもなった理由としては、私がその学期で度に2つの授業を取っていたためである。 

 

学生1人1人に配られる「学生ブック(そこに、自分が取らなければいけない授業やその授業で取れる単位数、先生からサインをいただくページなどが綴じてある。)には、1ゼメスター目では音楽心理学と教育心理学を、(心理学系)2ゼメスター目では一般教授法(どうやったらうまく人に何かを教えられるか、というもの)と音楽教育学(教育学系)を取るように書いてあった。 

 

全部で4つの授業があるのだけど、試験ではそれぞれ「教育学系の試験」と「心理学系の試験」にまとめられるから、受ける試験数としては2つだけということだった。) 

 

ところが私は入学した時点ではドイツ語がB1しかとれていなかったために、一般授業を取ることができなかった。つまり、他の普通の人よりも1ゼメスター分遅れを取っていた。 

 

まあ、どういう組み合わせで授業をとるかは人それぞれ 

例えば卒業間近の8ゼメスター目ではあまり授業を取りなくないからそれまでにできるだけ単位を取っておこうとか、自分はこの学生ブック通りにマイペースに進めていこう、とか。 

この2ゼメスター目で遅れた分を取り戻してもいいし、取らなくても良かったのだけど、私はここで一気2つの試験を受けて他の皆と同じラインに追いついておきたかった。 

それが、試験2.5日前になってようやく試験勉強を始めた私の首を絞めていた。 

 

もう、すべて自業自得。。 

幸い試験日前後の体のコンディションはばっちりで頭も冴えていたので、一日に17-18時間勉強するのを2日続け、試験日の朝大学に着いてから先生が試験問題集を持ってやってくるまで勉強を続けた。 

 

そうして試験が終わって、結果が返ってきた。 

 

音楽心理学と教育心理学の方は65点で何とか合格だった。教授法の試験も、心理学よりは取り組みやすいものだったので、他の多くの人と同様に1.0(5段階で一番上の評価)で合格を貰えた。 

 

 

試験が終わったあとの私の頭はほとほと疲れていて、試験問題を解き終わった後に「次に試験を受けるときは絶対にもっと早くから取り組もう」と思った。  

 

そうしてやっと、年明けからずっとストレスの原因だった2つのKlausur(単位取得のために必須の大きな試験)から解放されたのだった。 

 

思えば、中学校の期末試験などの対策もいつもこんな感じだったから、現実逃避をする癖はあの時から全く変わっていないんだなあ。。 

 

ただ、これまでのドイツ語の試験勉強のおかげで大きな試験を前にした勉強時間の配分と自分への精神的な追い込みだけはレベルアップした気がする。 

 

だけど、やっぱり準備は早くから始めるに越したことはないのだ思い知らされ試験だった。 

大学内のドイツ語コース 愉快な仲間たちと過ごした時間

こんにちは、妹です!

 

 

2019年4月、大学に入学した。入学してしばら経ってから大学用のメールに送られてきたのは、外国人の学生向けに開校されている大学内の語学コースの案内だった。

 

入学してから半年以内には取らないといけないB2、大学内の語学コースを受講してそこで試験もさせてもらえるなら自分で独学で勉強するよりいい、と思って早速申し込みをした。

 

初めての語学コースの授業が始まる日。どんな人と一緒に学んでいくのかちょっと緊張して部屋に行ったら、まだだれも来ていなかった。

 

(これから半年間くらい続くこの語学コース、結局ほとんど毎回こんな感じで私が一番乗りに部屋で待ってる人になるんだけど。。)

 

ちんまりと部屋で待っていると、あとから他の受講者の人たちがぞろぞろ。

 

中国から3人、イタリアから1人、ロシアから2人、コロンビアから1人、ブラジルから1人、韓国から1人。

夏休みの特訓コースが始まると、このメンバーにあと1人、トルコからやってきたおじさんも加わった。(その時18歳だった私にはおじさんに見えたの。ある時授業中に「俺がまだ26歳だったころのトルコは。。」とか語ってたから、実際は30代だと思う。)

 

メンバーは私を入れると全部で11人。2人の先生をいれて13人の少人数で勉強が進められていくことになった。

 

 

その日初回の授業では、これからの授業の進め方を先生から説明された。

 

授業が朝の8時から始まること

夏には集中コースと言って、毎日4時間の授業が2週間にわたって行われること

その夏の集中コースが終わった後にテストがあるから、それに合格すればB2合格したことになること

 

この、「B2の試験」という説明を聞いたときにまたあのゲーテの嫌な思い出が蘇ってきた。ああ、落ちたら絶対絶命な試験だ。これをパスできなかったら入学許可を取り消されて日本に帰らないといけなくなる。。

 

心配になってチラッと隣のイタリアから来た男性の表情を伺うと、ドイツ語の試験があろうがそれについての不安要素なんてどこにも見当たらない、みたいな様子だったのでちょっと安心した。

一通り先生からのお話が終わった後、「お互いにまずは自己紹介しましょう」ということになった。

 

端から順番に、自分の名前/どこの国から来たのか/専攻の楽器は何なのかなどを自己紹介していく。この自己紹介の時点で「この人はB2クラスにいながら既に結構ドイツ語が話せてる。C1クラスにいても問題ないんじゃないの」とか「この人はまだドイツ語を話すのに慣れてない感じだ」とか、お互いどのくらいドイツ語が話せるのかが感じ取れてしまう。

 

みんなの自己紹介が終わって分かったのは、私がこのクラスでは一番年下だということ。

ちなみに後日、これについてちょっとした出来事があった。

 

いつも通り授業が終わって先生に挨拶して帰ろうとしたら、同じ語学コースのメンバーのブラジルからきたギタリストのお姉さんに呼び止められた。

 

お姉さん:「ちょっと来て」

私:「あ、はい。(え..なぜ?)」

 

「あなた、今いくつなの?」

「18です」

 

「あ、一応18歳にはなっているのね。あんまり顔が幼く見えるから、15歳くらいなのかと思った。それならいいわよ」

「あ、そうですか..?(私、もう行ってもいいのかな)」

 

 

 

そう、ここドイツではアジア人の顔立ちは幼く見えるらしい。

 

それに18歳でこの大学に入学してる人はごく稀だから、入学当時、私は年齢を聞かれたときによく周りの人から驚かれていた。

 

このブラジル人のお姉さんの目にも私はずいぶん若く映ったらしく、自分が18歳だと告げると安堵したような何やら期待外れだったような、何とも言えない表情をされた。

 

ドイツではそもそも入学した時点で20歳を超えている人も割と多いし、人によって入学するときの年齢は違うから、同じ学年だったとしても結構年齢はバラバラ。

 

そういうわけで、この語学コースの中では一番年上の人とは多分一回りくらい年齢の差があった気がする。

 

年齢がバラバラなら専攻する楽器もバラバラで、指揮専攻、バイオリン、声楽、クラリネット、ギター、ホルンなど人それぞれだった。

 

ところで一番人数が多いはずのピアノは誰ひとり専攻しておらず。

 

自己紹介が終わったあとで先生が「じゃあ全員立って、みんなお互いのことをもっとよく知るためにこのカードに書いてあることについて質問したり、それに対して答えたりしてみましょうか」と言った。

 

カードというのは「趣味は何ですか」みたいな月並みな質問が書かれたもので、全部で10個くらいの質問が用意されていた。

 

好きな色は何ですか、好きな季節は。。

 

プロフィールノートから飛び出してきたような「初めまして、よろしく」感を今さっき知り合ったばかりの人と共有するなんてこと、かれこれもう何年も経験していなかったことだったから新鮮だった。(音高時代に3年間クラス替えが無かったからかも)

 

それに何といってもこの異国感満載の部屋の雰囲気。

 

アジア勢は私含め全員メガネ(黒)をしているのがお揃いみたいで面白かったし、ブラジルやコロンビア、イタリアなどいかにもアツそうな国からきた人たちからはその露出度高めの服装からして「oh、アモーレ!」みたいな雰囲気が醸し出されていた。

この濃いメンバーと半年間ずっとドイツ語を学んでいくのかと思うと、やっていけるのだろうかとちょっと不安に思いながらもわくわくした。

 

これが初めて語学コースの授業を受けた時の思い出。

 

こうして愉快な仲間との語学コースがスタートして、7月中旬。

 

夏休みが来る頃には私たちはお互いの性格を非常によく把握できるようになっていった。(と思う。)

 

この人はいつも遅刻するとか、この人はチャラそうに見えて宿題を手抜きせずにコツコツ頑張ってるとか、この人は自分の国について語るのが好きなんだなとか。

 

ずっと一緒の机に並んで学んでいると特に「私はこうこうこういう人なんです」とはっきり言わなくてもその人の人柄ってだんだん分かってくるものなんだなあと思った。

 

夏休み、みんなが各々の母国に帰国する時期。先生が課題として一人一人に一冊の本とプリントを渡した。

 

先生からの宿題は、課題の本を読んで渡されたプリントに書いてある質問に答えること。

 

読書感想文の簡単バージョンみたいなものだった。

 

渡された本はドイツ語を学ぶ人向けに易しめのドイツ語で書かれた短めの小説で、ベルリンの壁が崩壊するまでの当時の東ドイツと西ドイツの関係や人々の暮らしについて書かれたものだった。フィクションだったけど、そこに書かれた当時の暮らしぶりは実際にあったこと。

 

短めといっても100ページはあったと思う。短期間で読み終えられるとは思えない。。

 

そういうわけで初めてのドイツ語での読書感想文もどきの課題を手に日本に帰国したあと暫くしてから、毎日数ページずつその本を読んでいくことに。

 

昔小学校の国語の授業であったような音読をしてみたり、分からない言い回しをツイッターで調べたりしながら読み進めていった。B1レベルとは書いてあるものの、結構難しい表現も頻繁に登場してて、そのたびに何回も調べていかないといけなかった。

 

アルファベットの羅列ってどうしてこんなに頭がぐるぐるするんだろうと思ったりした。

ゲーテの「読む」の試験の問題を解いているみたいだ、とも。

ただ読んで終わりではなくて、先生からのプリントを埋めないといけないというプレッシャーが、本の中で分からない言い回しに出会った時の疲労感を倍増させた。

 

プリントの質問内容は本の冒頭部分から終わりにかけてまんべんなくカバーされていたから、いい加減に読んでいくことはできなかった。

 

そんなこんなで苦戦しながら8月下旬、暑い日本ではまだ蝉が騒がしく鳴いていたころ、やっと私の読書課題も終わった。

 

そして9月も第2週目に入り、もうずっと先のことだと思っていた夏の集中講座が始まった。夏というか、気分はほとんど秋だ。

 

9月のドイツは時々ザーっと冷たい雨が降り注いで、朝も夜も冷え込みが厳しくなる季節。日本とはまるで違う。

 

長ズボンを履いて薄手のコートを羽織って1回目の集中講座へ向かった。

 

十分にバカンスを楽しんだ模様のこんがりと日焼けしたイタリアから来たフィリップは、前日にパーティーに行っていたのかその日も微妙にお酒臭くて、ついでにタバコのにおいがした。先生が、「またパーティーに参加してきたの?Fleissig !(勤勉だこと!)」と笑って言った。

 

そんな彼に対して日焼け対策を万全にしてきたアジア勢。。夏休み前と肌の色は全く変わっていない。バックの中には常に日焼け止め。

 

夏休みの過ごし方にもお国柄が表れる。

 

ちょっとガヤガヤした教室の雰囲気が落ち着くと、先生が皆に「宿題どうだった?そこまで難しくなかったと思うんだけど、どうだったかな?」と聞いた。ギク、私あれ結構難しいと思ったのに。

 

でも、ほかにも「質問文の意味が分からなかった」と言っている人がいたのでちょっとホッとした。宿題を忘れた人も何人かいた。

 

本そのものを忘れた人もいた。それを知らされた先生はちょっと困った顔をして、「○日までに絶対返してね、そうしないと私が図書館から苦情を言われてしまうわ」と言った。

 

小学校の夏休み明けの宿題提出の雰囲気にそっくりだと思った。

 

 

どれだけ集中して受けなければいけないのかと身構えていた集中コースだったけど、先生は以前と変わらず丁寧に優しく教えてくれて、ただ授業時間が1・5時間から4時間に増えただけだった。

 

お昼休みは12時に15分間あって、その間授業中に質問したかったけど聞きそびれたことなどを先生に質問できた。先生は2人いたのだけど、夏の集中コースを受け持った方の先生は誰かが宿題を忘れても「ちゃんと次までにやってくるのよ」とそれ以上忘れてきたことを責めない、優しい先生だった。

 

先生にまだ5歳と9歳くらいのお子さんがいて、時々育児の苦労話なども聞いた。

 

先生の旦那さんはドイツ人ではなくて、だから子どもは2か国語を話せるけど、うまく話せるのはお母さん(先生)の母国語であるドイツ語らしい。やっぱり住んでいる国の言葉をより使うようになるものなー。

 

ところで、もう一人の方の先生はいつもちょっと厳しかった。発音について、特に。

 

皆立ってホワイトボードに貼ってある発音の印を見ながらウムラウトの発音練習をするのだけど、これは結構どの国の言葉がその人の母国語かによってうまく発音できるかどうかが異なってた気がする。多分私は残念な発音の方。

 

一人ずつ単語を発音していって、うまくできなかったらその場で先生から発音のアドバイスを受ける。これがなかなか緊張した。先生はいつも手にミニ鏡を持っていて、「私の口の動きを見て」と言って鏡を使いながらお手本の発音を示すのだけど、みんなが見ている前で一人だけで発音練習をするのは何だか恥ずかしい。余りうまく発音できていない自覚もあって、なおさら。

 

だから、いつもできることならさっさと終わらせてしまいたい気持ちで一杯だった。人が発音するのを聞いている分には特に緊張しないのだけど。。

 

なぜ発音がいまいちなのか言い訳すると、日本語の中には例えばÖとかÜの発音はない。Äはエにかなり近いからほかの2つのウムラウトよりは上手く発音できてると思うけど、ÖとÜは本当に難しくて。

 

あとRの発音もいまいちだなあと自分で思う。前に市役所を意味する「Rathaus」と言ってもなかなか通じなかったし、そういうこともあってこの発音の先生の日はいつもより肩に力が入っていた気がする。汗

 

 

だけど、単語の発音をする上で重要な「単語のどこに(頭か中間か、など)アクセントを置くか」という仕組みがこの先生の授業を受けられたおかげで理解できるようになったのはとても良かったと思う。

 

語学コースを卒業してしまった今は、YouTubeの動画を聞きながら聞こえた文章を発音する練習を続けている。自分の声を自分で聞くのが普段どうやって発音しているのかが一番分かりやすいと聞いて、何度か自分の声を録音して練習したりもしてたんだけど、なんか妙に高い声に慣れなくてやめてしまった。効果があるならまたやってみようかな。

 

 

語学コース話に戻ると、コースのほうでは相変わらず先生から毎日何ページかの宿題をもらってそれを次回の授業までに解くというのを繰り返していた。

 

あとは、授業中に行われる単語テスト。毎回全部で20問くらいあって、これは答え合わせの時にお隣の人と交換して丸付けする形式だったので、できていないとお隣さんに勉強してこなかったのがバレてしまうタイプのテストだった。

 

 

それから教科書の章が終わるごとに大きめのテストもあった。これは聞き取り問題から作文、文法、単語のスペルチェックとすべてのモジュールをカバーしていたもので、このテストを受けるのも結構緊張した。

 

なんでかって、B2の試験をこのコース内で受けるためにはこのテストである程度の点数を取っていなければならなかったから。6回ほどあるテストの合計点があまりにも酷い点数だった場合や、そもそも授業に参加していなくてテストを受けられなかった場合などには、B2の試験を受ける資格はないと見なされてしまう。

 

だから教科書や授業で出てきた単語や文法、作文の書き方などはすべて復習しておく必要があった。

 

教科書は全部で200ページくらいあって、出てくる単語数はだからかなりの数になった。

 

毎回の単語テストや、大きな章ごとのテスト、宿題と、勉強しなければいけないものが多くあったおかげでこの語学コースに通って身についた語彙力は結構大きかったんじゃないかなーと思う。

 

 

勤勉に授業に参加して(1度だけいけなかったけど、あとは半年間全部の授業に出席した)、真面目に勉強していたので、本命のB2試験には焦ることなく挑めたし、結果も合格だった。

 

 

半年間ほぼ毎日顔を合わせた語学コースのメンバーとはかなり親しくなれた。宿題も教えあったり励ましあったりして一緒にドイツ語の勉強を頑張ってきた仲間、という感じ。

 

オケの楽器を専攻にしている人が多かったのもあって、今でもオケの休み時間とかたまに顔を合わせることがあると、一緒におやつを食べながら大学生活について語り合ったりしている。

 

 

B2の試験に落ちたらどうしよう、とプレッシャーだった時期も長かったんだけど、終わってみると楽しかったなあ。(B2合格通知をもらった時は、嬉しくてすぐに家族に連絡した。やっと正規の学生として専攻の実技レッスン以外の授業を取ることが認められた、と一人で感動していた。)

 

あんな風に本格的にドイツ語をドイツ人の先生にみっちり教科書を使いながら教えてもらうのは新鮮だったから、勉強を楽しく進められた。

 

ドイツ語のことも、独りで勉強していた時より好きになったと思う。先生が褒めてくれるのが嬉しかったし、みんなに追いつけるように頑張ろうと思えたから。

 

一緒に学べる仲間がいるって大事だなと思った経験だった。

教会の鐘とともにある生活

今日は日曜日。教会の鐘が朝から厳かに鳴り始める日。

ここドイツでは多くの人が教会に足を運ぶ日でもある。

 

「こんなに鐘が長くなっているということは、今日は日曜日だ。」という具合に、もしその日の朝に鳴る鐘の音がいつもより長く続くようなら、その日は日曜日ってことだ。

 

日曜日、パン屋さんなどを除くほぼ全てのお店は閉じられて、朝方の街はしーんと静まり返っている。

 

教会は、私の住んでいる家の周辺だけに限っても、少なくとも2つはある。街全体でいうと13くらいあった気がする。だから、この街にいる限り教会の鐘の音を聞かないことはない。

 

教会の鐘は、朝の9時ごろから夜の8時頃まで30分おきに鳴る。

だいたい「ゴーン」の一回で終わるけど、教会内で何かの催し物があるときはそうとも限らない。

 

ちなみにこの文章を書いている今現在も、教会の鐘がゴーンゴーンと鳴っております。あ、止んだ。あ、雨が降ってきた。窓を閉めなくては。

 

 

クリスマスなどの大切な行事が近づいてくると、教会で催し物が行われることも多い。そんなときふと目を向けると、入り口に行列ができていたりする。

 

きっとあの中で行われるのは、大切な人に向けた静かな祈りの時間。

 

 

 

教会とは違うけれど、日本の私の実家から歩いてすぐのところにはお寺がある。

 

そのお寺からもまた鐘の音が聞こえる。いつでも変わらない、ゴーンゴーンという静かな鐘の音を聞くのが好きだった。

 

ドイツの教会の鐘の音よりも少し低くて、長く余韻のある音。

 

 

休みの日に朝6時ごろに起きて窓を開けると、お寺から鐘の音が聞こえてきて、そういう日は「あ、今日は早起き出来たんだ~」と嬉しくなったりして。

 

そのお寺ではお正月の除夜の鐘から始まり、お彼岸、お十夜など毎月何かしらの行事が催されている。写経もできるし、精進料理もいただける。

 

お正月には多くの人が除夜の鐘をつきにやってきて、またお十夜では多くの屋台が立ち並ぶ。

 

お十夜が始まった日の夜の6時頃。

 

太陽が沈んで空が暗くなりはじめると屋台が次々に組み立てられていって、そうしているうちにどこからともなく近所の子どもたちがワイワイ賑やかにやって来る。

 

遊びに来るのは子どもたちだけではなくて、その家族や学校の先生も来る。浴衣姿のお姉さんたちも、いい感じの雰囲気のカップルも。

 

屋台はたこ焼き、お好み焼き、チョコバナナなどの定番メニューを売り出しているお店から数珠が並べられているお店、日本各地の郷土玩具を揃えたようなちょっと珍しいものまで様々。

 

つぎつぎ焼き上がるフランクフルトのジューシーな匂いに、昭和っぽいおもちゃの鉄砲撃ちに挑戦している男の子の歓声、混み合う屋台の中でカランカランとベルを鳴らして「おめでとうございます、チョコバナナもう一本当たりました~!」と叫ぶお兄さん。

 

どんどん盛り上がっていく。

 

ところで私の個人的なお気に入りのメニューはというと、イカ焼き。あのちょっと黒々とした肉厚イカに香ばしい匂いを放つお醤油がなんてマッチしていること!たまらないよね。お醤油が油断すると垂れるので、服を汚さないように注意が必要だ。

一パック500円くらいだったかな。

 

普段はたった500円でも本当に買って良いものかどうかずいぶん悩むのに、こういうお祭りの賑やかさのなかでは、ついお財布の紐も緩くなってしまう。

 

それからアツアツの大きくてしっかりとタコの入ったたこ焼きも好き。お祭りで買うと6つくらいしか入ってないけど一つ一つが大きくて、タコの他にも具材がみっちり詰められている完璧なたこ焼き。これも一パック500円くらいだ。

 

 

普段はほんとうに静かで、ただただ厳かで澄んだ「気」だけが存在しているような境内が、この時期だけはどこかからワアッと人が集まって来るから不思議だ。

この辺りってこんなに人が住んでいたんだ、と思ってしまう。

 

 

行事のないときにはお寺にやってくる人は多くなくて、たいていは気持ちよさそうに日向ぼっこしている猫しかいない。

 

時間が、ゆっくりと過ぎていく。

 

 

春。華やかに咲く桜の木の下には、いつものように気持ちよさそうに丸まって眠る猫たちの姿がある。

のんびりと寛ぐ猫たちを見ているととても穏やかな気持ちになる。

 

何でもないとき、ふだんのお寺で出会うのは、この猫たちの他にはお散歩中の犬とその飼い主さんくらいだ。猫はお寺に住みついているのだと思う。

 

私はお祭りをしているときの賑やかなお寺も好きだし、心が洗われるようなふだんの静けさも好き。

 

6歳の時にこの土地に引っ越してきて、18歳でドイツへ留学するまでの12年の間に、そのお寺は私にとっていつのまにか無くてはならない存在になっていた。

 

 

高校受験のときにはお守りを買いに行ったし、遠くに住む友達が遊びに来たときにはまるでお寺が自分の家であるかのように、境内を歩いて紹介してまわった。(笑)

 

お寺からは、すべてが浄化されるような清らかな「気」が感じられて、それが自分にも分け与えられるような感覚があり、それが私を癒し、安心させてくれた。

自宅から歩いてすぐのところにあるこじんまりしたそのお寺は、私にとってそういう存在だった。

 

 

今また教会の鐘がゴーンと短く鳴った。

 

日本からドイツにやってきて一年半。

 

ドイツの自分の家から歩いてすぐのところにある教会は、レンガ造りの、ステンドグラスが印象的な、いつも人の出入りが多いドーンとした大きな教会。

 

学校の合唱のコンサートの会場として使われることも多く、たぶんこの街の人から誇りに思われている教会。

 

これまであちこちで、何度もいろいろな教会に入ったことがある。とても大きくて立派な教会や、シンプルだけど清楚で落ち着いた佇まいの教会。

 

教会の中も、人を包み込むような温かい雰囲気があって気持ちが落ち着くから好き。

 

 

とはいえこの近所の教会にはまだ、なんとなく勇気が出なくて(入場料が2€かかるのもあるかも)入ったことがない。

 

いつか入ってみたいな。そこにもいつものように清らかで厳かで静かな空気が流れていると思うから。