「こすずめのぼうけん」のごとく生まれて初めて日本を出て、海外に発った高校2年生を待ち構えていたもの。
それは、20時間以上の長旅ののちにやっとの思いで到着したハンブルク中央駅から漂う 何やら怪しげな匂いなどとは違って逃げられるものではなく、容赦なく私に降りかかってきた。
気付いたら「受験生のための和声と聴音の集中講座」の席に座っていた。
元々は当時ドイツ音大受験を2ヶ月後に控えていた姉が、受験の課題について理解を深めたいということでこの集中講座への参加を決めていた。色々あって同じ時期に私も同大学のヴァイオリン教授のレッスンを受けることになり、姉と一緒にドイツに飛び立ったのだった。
<豆知識>
*(ドイツ音大における)受験生のための和声と聴音の集中講座とは
受験に出る和声と聴音の課題をおさらいしよう!という集中講座。3日に渡って大学で開催された。和声や聴音の課題をたくさん解いて、来たる受験に備える。
この期間に何回か大学に足を運ぶことで、大学の雰囲気に慣れたりもする。
全てがドイツ語で書かれているのが当たり前でそれが新鮮な図書館に入ってみたり、学生さんたちがワイワイ食事をしている食堂で自分も学生になりきって何かお安くて美味しいものを注文してみたり。
コミュニケーション力が高い人は友達が出来ちゃったりするかもしれない、嬉しい講座。
ここに参加する人々の大半は周辺の地域からこの大学を目指してやってきたドイツ人。必然的に私たちアジア人(私と姉と、初対面の台湾人2名のみ)は珍しくただそこにいるだけで目立つ存在に。
*和声
メロディーに付くコードと同じもの。
明るい、暗い、不思議な感じがする・・というように、ハーモニーを作り上げる基礎のような。曲が作られるためのピースというか。この授業では一つの曲がどの和声から成り立っているかなどを分析したりする。
受験では自分でピアノ伴奏をしつつ、和声分析を口頭で行うという大学も(もちろんドイツ語で)。私たちが受験した大学もこのタイプ。難しい。
*聴音
聞いたメロディーを五線譜に書き取る。4回ほど聞きながらそれを覚えて、書き取ってよろしい、と言われた後に書く暗譜と呼ばれるものも。
後は、「リズム叩き」といって右手と左手で左右同時に異なる複雑なリズムを机の上で叩いたり、とか。
個人的に聴音の授業は音高時代から結構好きだった。
「…ist …dann……?…..bitte?」
あれ、何か先生が私を見てる。質問されてる?まずい。何か言わないと。
焦った気持ちとは裏腹に、へへへ、と得体の知れない笑いしか出てこない。
周りはシーンとした空気。
中学3年生の春休みからドイツ語をかじり始めた私は当時高校2年生、もう既に何年かドイツ語を学んでいる状態のはずだった。おはようございます、ご機嫌いかが、なんてレベルは卒業したと思い込んでいたし、実際ゲーテのB1の「書く」試験にはパスしていた。
ゲーテのB1とは
ゲーテ=ゲーテインスティテュートの略。世界共通の青少年および大人のためのドイツ語検定試験。「読む」「書く」「話す」「聞く」の4つのモジュールに合格しなければならない。B1は6段階の評価レベルのうち3番目に当たる。このB1試験に合格すると、ドイツ語圏を旅行する際に出会うほぼすべての状況に対応することができる、とゲーテインスティテュートのホームページには書いてあるが、真相はいかに?
・・・だからそれなりに出来るかな?と思って現地に来たわけだけど、ところがどっこい聞いて分かることがこれっぽっちもない。
フランクフルト空港のスタバの店員さんに「アイスティーbitte (お願いします)」と言うのが精一杯だった私にとって、
「この和音の属調のサブドミナントは何ですか?」(今振り返ると、多分そのようなことを聞かれていたと思う。)・・・なんて質問は余りにもハードすぎた。
その時の私は、いかにすれば先生から当てられずに済むか、どうしたら喋らずに済むか、という事ばかり考えている典型的な外国人の生徒だった。
何のことはない、とにかく何を聞かれても答えられないのだから開き直るしかない。そう自分に言い聞かせて必死に耐える。
その日、講座が終わって借りていたアパートに戻る道の途中で、ふと涙が出そうになった。何でここに来ちゃったんだろう。しかもあと2日もある。
それは正真正銘、まさしく苦行の時間だった。
暖かい巣から飛び出して冒険することの厳しさを、このとき初めて知った。
あれから3年が経ち、私は大学2年生になった。あの辛い洗礼を受けた大学に通い始めてもう1年以上になる。
先週受けた音楽史のセミナーでは、他の参加者全員の前で10分間以上も話してみせた。
少しは成長出来たのではないか?