ドイツ語会話同好会の皆さん

受験までの道のり

高校に入学する数ヶ月前。まだ中学生のころ。

鼻が赤くなりそうな一月の寒い日に、ある小さな公民館で開かれていたドイツ語会話のクラスに初めて参加した。

もちろん姉も一緒に。というより、姉が参加するドイツ語会話クラスに私もついてきたのだった。

その頃、姉はすでにドイツの音大を受験することを考え始めていたので、色々と準備を進めていた。

とはいえ私も姉も海外に行った経験が一度もなく、姉が一人旅でドイツまで入試を受けにいくということを母は心配していて、もし受験するなら、とりあえず母も私も一度は一緒に行くという話になった。それで、家の中には「ドイツに行ったときのために今からドイツ語を学んでおこう」という雰囲気になっていた。

そんなとき、市の広報誌に「ドイツ語会話同好会。初心者向けです。楽しく学びませんか」という案内を母が見つけた。語学は教室に通うととても高くつくので、近くの公民館で行われているというその同好会にはぜひ行くといい、ということで姉と2人で、早速入会の申し込みをした。

私はというとその当時はドイツ語のアルファベット(たとえばabcはそれぞれアー、ベー、ツェーと読む) の読み方すら怪しくて、さすがに自分の名前くらいはドイツ語で言えないとまずいだろうと直前になって焦って練習したほどだった。

当時その同好会に参加していたのは10名ほどで、70代から80代の、私の祖父母くらいの年代の方々が多かった。

歳の差が大きいためか、孫くらいの歳の私たちを皆さんとても温かく迎えてくださり、そののんびりと流れる空気にそれまで少し緊張していた肩の力が抜けたような気がした。

お話していると時々、歴史の教科書を読んでいるような気持ちになることもあって、そんな時には世代が違うってこういうことなのか!と新鮮な気持ちになった。

そこでは私たちはいつも「若い人」だった。

「若い人、これ読んでくれる? 老眼で近くが見えなくて・・ふふふ、困ったねえ。」
「今どきの若い人に流行っているものって何なのでしょうかねえ。」
「僕が若かりし頃はあんなものやこんなものがあって・・若い人はきっと知らないでしょうなあ」

これだけ年上の皆さんと一緒に学ぶという経験は、なかなか得られない貴重なものだった気がする。

ところで、教えてくださる方も年配のドイツ人の先生で、もう何十年も日本に住んでいらっしゃるとのことだった。
生徒さん(おじいちゃんばかり)とも「ええええ、そうなんです。今はそんなこともありますよね。」など、全くなんの問題もなくごく自然に日本語で会話をしていた。

おじいちゃんが話す言葉って時々もごもごしていて日本人の私でも聞き取りにくいこともあったりするのに、あんな風に自然な会話が成り立つだなんて!と、それまで外国から日本にやって来た人でそれほど日本語が流暢な人に出会ったことがなかった私は軽く衝撃を受けた。

そんなふうにして雑談や休憩を挟みつつのんびりと「日本語で」進められていったドイツ語会話のレッスンだったけれど、時々ぽんぽんぽん、と順番が回ってきて、そこで何かドイツ語で発言をしなければいけない、ということもあった。

そしてそんな時はいくらゆったりした空気が流れているとは言っても、やっぱり焦った。

端の席の人から順に、隣に座っている方に質問をして、また隣の人がそれに答えて、と少しずつ自分に順番が回ってくる時のドキドキ感。

そもそも「ドイツ語で話す」ということに全く慣れていなかったし、こんなに下手なドイツ語を皆の前で披露するだなんて、という恥ずかしい気持ちもあって、何か発言をしなければいけないときはいつも緊張していた。

あれ、この感じ見覚えが。。😅

そう、ドイツの大学の授業で先生に当てられた時のドキドキ感と全く同じなんだ、そういえば。

私はAngsthase (直訳すると、不安なうさぎ。 小心者のこと)だから、みんなの前で発言するのはいつも勇気がいる。

小学生の頃はそんなこともなかったんだけどなあ。
小さい頃なんてむしろやんちゃすぎなくらいだったのに、いつの間にか観葉植物のように静かな人になってしまった。と、自分では思う。

ところで私たちが通っていたこのドイツ語会話同好会は初心者向けで、A2(語学能力を6段階に分けたうちの下から2番目。独検でいうと3―4級くらいかな?)をマスターしたい方向け。使用する教科書も、A2レベルのもの。

A2とはいえ決して侮ってはならず、教科書が進んでいくと結構難しい。

よく隣に座っていたYさんは、「我々なんて毎年同じ教科書を使っていますが、これがなかなか難しくてですね、一向に進みませんから。ハハハ」が口癖だった。
そんなこと言いながらも、なんだか楽しそう。

ドイツ語会話の皆さんと一緒に時間を過ごしてみて、80代になってもまだ何かを学ぼう、学びたい、と思えることって本当に素敵だなあ、そんな風に年を重ねたいなあと思った。

そうして月に2回、一回90分のレッスンでゆっくりのんびりと皆さんとドイツ語を学んでいるうちに夏がきて秋がきて、私が高校2年生になる春がきた。初めてドイツ語会話に参加してから1年が過ぎていた。

高校2年生。

私が通っていた音高では、高2になったら毎週金曜日の夕方3時間は必修のオーケストラの授業を取らないといけない。

ドイツ語会話は毎週金曜日の午後6時からスタートだったので、学校から家まで片道2時間半かかる私は、残念ながら高校1年の3月をもってこのドイツ語会話の同好会を去らなければいけなくなった。

間近にドイツ音大受験を控えていた姉も同様だった。姉にとってはもう大学受験が目前に迫っており(ドイツでは主に10月入学が主流で、その場合、受験が6月にある。なので日本の大学生と比べると半年ほど遅いスタートとなる。)ピリピリした時期だった。

私たちが辞めると知ったドイツ語会話の皆さんはとても残念がって、最後のレッスンの日に教室でお別れ会を開いてくださった。コーヒー、紅茶と美味しいクッキーと共に楽しくお話しして、時間はあっという間に過ぎていった。

その後、私もドイツ音大に進学し、もうドイツ語会話には参加できなくなってしまったけれど、その当時一緒に学んでいた皆さんとはいまだに年賀状やクリスマスカードのやり取りをしている。

いつまでもどうかお元気でいらっしゃいますように。

コンサートにもいつも来てくださってありがとうございます😊