前回の続き。
それで何はともあれ高3の初夏、日本を出国できてドイツの姉(既に留学中)が住む家に着いた。季節は6月も中旬に近づき、暖かい日差しが差し込んでいた。エアコンは無くても、心地よく流れてくる風で十分過ごせるドイツの快適な気候。受験旅に持ってきたのは、もちろん楽器(バイオリン)と楽譜、入試の舞台で着る衣装(黒のワンピース)とパスポートなどの重要書類たちと普段用の衣類。
受験のために来ただけで、観光する予定もなかったので極力少ない荷物をつめこんでいった気がする。
ドイツに着いた翌日。さっそく入試が始まった。
海外の大学ではよく聞く話だけれど、実力があったとしてもそれだけで合格出来るわけではないのが難しいところで、師事したい先生に事前にコンタクトを取って何度もレッスンを受けて、その先生から(あるいは他の門下生からも)門下生にしても良い、と思ってもらえないとまず受からない。座る「席(プラッツ)」を用意してもらえないのだ(しかもその席はたいてい、1年に1つか2つくらいしか空かない)。コミュニティの一員として迎えてよいか、ということをいろんな角度から見られるのだと思う。ドイツ音大を受験するときにまず「先生」を探す、というのはそういうことなのだろう。
ところで私が入試のために準備していった曲は、バッハの無伴奏ソナタから2曲と、モーツァルトとグラズノフのコンチェルト(それぞれ1楽章)と、エチュードを1曲。
試験で弾く前には、軽く自己紹介と自分が何を弾きたいのかをドイツ語で(もしくは英語でもいいのかな。でもドイツ語のほうがやっぱり印象がいい気がする。)話さないといけない。それで、一曲弾き終わってからも審査員の先生から「次は何を弾きたいの?」とか聞かれたりするから、ヴァイオリンを弾くことよりも先生方が投げかけた質問に答えられるか、ということの方に対して緊張した気がする。
実際にある一人の先生が私に「モーツァルトかバッハ、あまり時間がないからあなたの弾きたい方を弾いてくれるかな?」とおっしゃった。
モーツァルトかバッハとは、どうしよう?えーとえーとと思っていたら、審査員の別の先生が「バッハがいいんじゃない?」とアドバイスしてくださった。
入試というただでさえ緊張しやすい本番が、さらに外国語で先生方とちょっとしたコミュニケーションを取りながら進められていくのは外国人にとってはちょっとハードルが高い気がする。いつもそばにいてくれる姉もさすがに試験会場には入れないから、姉と別れて試験の行われる部屋へ向かう時は心細かった。
あと一つ、実技試験ぎりぎりまで私の胃をきゅるきゅるさせていたのは、伴奏の先生がなかなか現れなかったことだった。ピアノ以外の楽器で受ける人は、弾く曲が無伴奏でない限りピアノ伴奏の先生と一緒に弾くことになる。伴奏の先生は、一緒に本番を迎える同士というか、「一緒に」という意識を持って挑む仲間。
伴奏の先生というのは、もし一緒に弾く相手が間違えたとしてもそれをフォローして何事もなかったように引っ張っていったり、暗譜が分からなくなったらメロディーをひっそり弾いて暗譜の手助けをする、とか大事な役割を担っている。
その大切な伴奏の先生が、もう次は私の弾く番になってしまったというのにまだ現れない。
困った、焦った、どうしよう!もし今私の出番になって呼ばれてしまったら?
焦って青ざめておろおろしているうちに試験部屋のドアがキイイと鳴って、前の受験生の人が出てきてしまった。ああ、絶体絶命。。だってどうやってドイツ語でこの状況を説明すればいいのだろうか?今だったら多分なんとか伝えられると思うけど、入試を受けた当時の私のドイツ語力は残念なもので、とてもそんなことできそうになかった。
そうはいっても何とかして伝えなくては。。と意を決して部屋に向かおうとしたその時、別のドアが開いて伴奏の先生が出てきた!
ああ、やっと!!
日本では伴奏の先生はコンクールなどでも常に自分のそばにいてフォローをしてくださっていたので、初めてドイツで伴奏の先生と弾くことになったこの時はこの対応の違いにかなりタジタジしてしまった。
そんなこんなですべての曲を弾き終わって、ほっと一息ついたのもつかの間、割とすぐに結果発表。30分後くらいだったかな、ドキドキしながら掲示板へ向かう。
と、そこに私の名前が!!
私の名前はアルファベットで書かれていてもパッと目に入りやすい。それに、Japanと書いているかを見ればいいのだから、合否はすぐに分かった。
そう、実技試験はとりあえずパスできた。これで入試の大部分はgeschafft (やり遂げた)。